ムスイと魔王が出会ってから3年の月日が流れていた。
魔王を倒すことに意味が無いと判断したムスイは、シュートとサクヤの修行に付き合いながら、アンス村で静かな生活を送っている。
そんなムスイを天元からみつめる魔王と女神。
「ムスイさんはそろそろ18歳になりますね」
「ああ、寿命だな」
「18歳で寿命を迎えることをムスイさんに話していないのでは?」
「ああ、だが必要ないだろう」
「駄目ですよ、魔王様!」
女神は珍しく怒っている。
「18歳で必ず死んでしまうことをムスイさんに伝えていないってのは可哀そうです。ムスイさんにだって予定があるでしょうから、しっかりと伝えてあげないと!」
「何度も18歳で死ねば言わずともわかるだろう」
「駄目です! ちゃんと伝えるべきです!」
「む~・・・・・」
以前の女神は反抗など一切しなかったのに、成長するごとに言うことを聞かなくなってしまったな。魔王はそんなことを考えていた。
「では、女神よ、ムスイに伝えてきてくれ」
「はい、わかりました」
「18歳で死ぬと伝えるだけではかわいそうだ。そうだな・・・・・」
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ムスイは森の中で狩りをやっていた。今日の晩御飯のおかずにするためだ。
森の中を歩き回っていると・・・・・突如目の前に「女神様」が現れた。
「お久しぶりです、ムスイさん」
「おお・・・・・、女神様じゃないですか。3年ぶりですね。今日はどうされたんですか?」
「実はムスイさんに大事な話がありまして」
「大事な話し・・・・・ですか」
ほとんど死んだときにしか現れない女神さまがやってきたのだ。どうせろくでもない話だろうな、とムスイは思った。
「ムスイさんの寿命に関してです」
「じゅ、寿命・・・・・ですか・・・・・」
予測を超えてきた。
「ええ、一回目の生の時、ムスイさんは18歳で病気になり亡くなりましたよね。覚えていますか?」
「は、はい・・・・・。もちろんです・・・・・」
「あれは本当は病気ではありません。寿命を迎えたんです」
「じゅ、寿命だったのですか・・・・・」
「はい、ムスイさんは神としての能力を体内に宿しています。神の肉体であれば永遠を生きることができるのですが、その肉体では耐えきることができません。それで、どうしても寿命が短くなってしまうのです。その結果、ムスイさんは18歳で寿命を迎えてしまうことになります」
「そ、そうだったんですか・・・・・」
衝撃的な内容だった。つまりは余命宣告だ。
「ムスイさんはもうすぐ18歳ですよね? ですから、もうすぐ死ぬことになりますね。そのことを伝えに来たのですが・・・・・、ど、どうしたんですか、ムスイさん!?」
私は衝撃的な事実を知ってしまい、膝から崩れ落ち、地面にひれ伏した。もうすぐモコモコと結婚だと思っていたのに・・・・・。幸せな人生が待っていると思っていたのに・・・・・。病気にならないよう「睡眠、運動、食事」を大事にして生きてきたというのに・・・・・。
話を聞く限り、どのように生きても私は18歳が限界であるということになりそうだ。
「め、女神様・・・・・」
「は、はい?」
「私は・・・・・余命宣告をやっちゃいけないタイプの男ですよ・・・・・。生きる気力が消滅してしまいましたよ・・・・・」
「そ、そうでしたか・・・・・」
「私はもうすぐ死ぬのか~・・・・・、はぁ~・・・・・」
予想外にムスイが絶望してしまっているため、女神はかなり動揺した。どうせ赤ん坊に戻るだけだから、ムスイはそこまで落ち込むことはないと考えていたからだ。
女神は気持ちを切り替えて話しを続ける。
「し、しかし、良い知らせもあるんですよ! 実は魔王様が3年間寿命を延ばしてくれると言うんです!」
女神は場を明るくしようと必死だ。
「・・・・・え? どういうことですか?」
「もうすぐ死ぬと知ればムスイさんが落ち込むだろうと思って、魔王様が特別に3年間も寿命を延長させてくれるおっしゃっていましたよ。今回だけですが、21歳まで生きることができるんです。どうです? 希望が持てましたか?」
女神さまはムスイを元気づけようとしている。
「3年も伸びるのはとてもうれしいのですが・・・・・、それでも余命3年ってことですよね? 私は100歳まで生きて、モコモコとモコモコし続ける予定だったんですよ。3年では足りませんよ」
モコモコし続けるってどういう意味だろう?、と女神は思った。しかし、ムスイが涙目で悲しみを訴えているため、女神はそれどころではなかった。そして、どういわれようともどうしようもなかった。
「さ、3年もあるのですから、この世界を思う存分楽しんで下さいね! そ、それでは、3年後に会いましょう!」
そう言って、女神は逃げるように消えてしまった。
ムスイはしばらくその場で膝を抱えながら落ち込んだ。
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「た、ただいま戻りました、魔王様・・・・・」
「うむ・・・・・」
女神は思い通りに行かず落胆している。
「伝えない方が良かったようですね・・・・・」
「知って喜ぶ者もいれば、そうでない者もいる。ムスイは後者だ」
「そうなのですか・・・・・」
「そう落ち込むな。お前は神として生まれたため、死というものを完全には理解できていない。いずれわかってくるだろう」
そう言って、魔王は女神の頭をなで慰める。
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ムスイは後一カ月もすれば18歳になる。女神が言ったことが事実なら、もうそろそろ寿命を迎え、以前のように病気になって死んでしまうということなのだろう。今回は特別に3年の猶予を貰えた。ラッキーだと考え受け入れるしかない。
しかし、悲しい。なんでそんなに短期間で死なないといけないのか。きっと魔王が適当に私を作ったからだ。
(クソ、魔王め!)
女神の願いとは裏腹に、ムスイの魔王への印象は極めて悪くなった。
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晩御飯前、家にはムスイ、モコモコ、サクヤの3人がいた。
「・・・・・お父さん、何やってんの?」
いつものように裁縫しているモコモコ。モコモコの正面から抱き着いているサクヤ。さらに、ムスイがモコモコの背後から抱き着いている。レアなパターンだ。
「それはコッチが言いたい。いつもいつもモコモコに抱きついているサクヤこそ何をやっているんだ」
女神のせいで落ち込みモードの私は、モコモコの胸の中で泣きたい心境である。しかし、サクヤが邪魔でそれができない。
「今は私がモコモコちゃんに抱き着いていい時間だよ」
「いつからそんな時間ができてたんだ、初耳だぞ」
「この家に来た時からずっとだよ」
そういえば、この時間帯はいつもサクヤが抱き着いていたような気がする。サクヤがウチに来たのは9年前か。ということは、これを毎日の日課にしていたのか? 9年間も? とんでもない奴だな。
「お父さんだってな、こうやってお母さんに抱き着きたい時があるんだ」
「そうかそうか、お父さんも子供だね~」
クソ~・・・・・、なんか納得がいかない。
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その日の晩御飯の後、シュートが大事な話があると言ってきた。
「サクヤとも話し合ったんだが、そろそろこの村を出ようと思うんだ」
「え?」
いつもは黙って聞いていることが多いモコモコが即座に反応した。
「急にどうしたんだ?」
「俺たちの故郷でどうしてもやらなければいけないことがあってな。それで、一度戻ろうという話しになったんだ」
「そうか・・・・・。ま~、お前たち2人をこの村に連れてきて9年ほどになるしな。里帰りか」
「ああ・・・・・そんなところだ」
サクヤとモコモコは寂しそうだ。本当は別れたくはないのだろう。しかし、事情があるのであれば仕方がない。
「わかった。いつ行くんだ?」
「明日の朝にしようと思ってる」
「明日? 急だな」
「ああ、辛気臭いのは苦手だからな。特段用が無ければすぐに出ようと思っている」
「そうか・・・・・、わかった」
この日、私たち4人は一つの部屋で寝ることにした。9年も一緒に生活してきた仲だ。色々な思い出話に花を咲かせた。
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次の日の朝。4人は村の出入り口で最後の別れを行う。
「どれくらいでアンス村に戻ってこれるんだ?」
「おそらく、1年はかかると思う」
「1年か・・・・・。落ち着いたら手紙をくれ」
「わかった」
シュートは村を見ている。
「必ず戻って来るよ。村のみんなには黙っていって済まないと謝っておいてくれ」
「ああ、わかった」
モコモコとサクヤは抱きしめあって別れを惜しんでいる。2人とも泣いている。話は済んだようだ。
サクヤは私の元へとやってきて、私にも抱き着いて来る。
「お父さんも元気でね」
「早く戻って来いよ」
「お母さんを大事にしてよ」
「そんなの当たり前だろ」
サクヤは私の顔を見てフフと笑うと、シュートの方に行った。
「それじゃあ、2人とも、また!」
「バイバイ!」
そう言って、シュートとサクヤは旅立っていった。私とモコモコは2人が見えなくなるまで見送った。
なんだか、心にポッカリと穴が開いてしまったような心境だ。あの2人とはずっと一緒に過ごしてきたからな。きっと、寂しい気持ちはモコモコの方が上だろう。まだ涙ぐんでいる。
いつまでも辛気臭いのは苦手だ。
「よし! それじゃー、森の方の果物の成長を見に行こうか!」
そう言って、私はモコモコをお姫様抱っこして連れていく。
「ええ~! なになに?」
「モコモコはすぐに転ぶし、落っこちるからな~」
「も~」
ブスくれるモコモコ。早く元気になってもらわないと、私が辛い。早くいつもの笑顔を見せてもらわなければ私が困るのだ。
アンス村を旅立ったシュートとサクヤ。一年で戻ってくると言っていた。手紙も書くと言っていた。
しかし、私が寿命を迎えるまでの3年間、2人の手紙が届くことは無かったし、戻って来ることもなかった。