■■モコモコの決意
魔族の毒を受けて2週間が経った。
私は風邪をひいたことにして、ベッドで横になっている。
ムスイは毎日のように私の部屋に来てくれる。
そして、その後はずっと、解毒方法を探しているようだ。
「必ず解毒する方法を見つけるから、安心して」
ムスイはそう言ってくれる。
……でも、私にはわかる。
ムスイは絶望している。
必死にもがきながら、苦しんでいる。
きっと、解毒する方法は……無いんだ。
それでもムスイは私のために一生懸命に探してくれている。
私にはそれが痛いほどわかってしまう。
私はそっと服をめくり、紫色に残る痣を見つめた。
「……もう、私はダメなんだね」
そう呟いて、私は……覚悟を決めた。
■■赤ちゃんが欲しい
久しぶりに外に出た。
暖かい風が私の体を優しく包み込む。
2週間も部屋にこもっていたから、外の空気がとても気持ちいい。
ムスイに会いたい。
ちゃんと、話をしなきゃ。
今、どこにいるんだろう。
普段なら畑か森の中にいるはずなんだけど……
気づけば私は、引き寄せられるかのようにあの丘に向かっていた。
ムスイが私に婚約を申し込んでくれた――あの場所に。
丘に行くと……ムスイがいた。
今まで一度も見たことが無いほどに、悲しい表情で。
ただただ、うなだれ、地面を見つめている。
その姿を見た瞬間、私は確信した。
…….ああ、やっぱり私は死ぬんだ、と。
――――
「ムスイ。元気がないけど、どうしたの?」
私はムスイの隣に立ち、いつも通りの笑顔で声をかけた。
ムスイは、目を見開いて驚く。
「モ、モコモコ!
一体どうしたんだ、こんなところに。
体は……大丈夫なのかい?」
「フフフ、心配しすぎよ。
たまにちょっと傷むくらいで
ずっと布団で寝てなくちゃってこともないのよ」
「……そうか」
ムスイの表情は、まだ暗い。
それでも、私に心配をかけてはいけまいとして、いつものムスイに戻ろうとする。
――本当に、わかりやすいんだから
そのことを、本人はあまり自覚していないけど。
私はムスイの隣に腰を下ろし、景色を眺める。
ムスイも、何も言わずに同じ景色を見つめていた。
言わなきゃ……そう思いながらも切り出せない。
私は、違う話題から入った。
「ねえ、ムスイ、覚えてる?
5歳の時に、ムスイは私をここに連れてきて
『私と婚約してください!』って言ったんだよ」
「……ああ、そうだね。
もちろん覚えているよ」
「私ね、その時とっても不思議に思ったの。
だってムスイったら、まるでここに来るのが当たり前で
婚約するのも当たり前みたいな顔をしてたんだもの。
だからね、嬉しいよりも先に、笑っちゃったの」
「……そうか、そういうことだったのか。
毎回笑われるんで、婚約の申し込みが下手なのかなって思ってたよ」
――ん?
「毎回って?」
「ああ……いや、こっちのこと」
ムスイは時々こういったことがある。
そして、ハッキリとはさせずはぐらかしてしまう。
……いいけど。
「私ね、婚約を申し込んできたときに思ったんだ。
ムスイは絶対に私を幸せにしてくれる。
だから、私も頑張らなきゃって。
ムスイを幸せにしてあげなきゃって」
それを聞いて、ムスイは少し「フフフ」と笑う。
「頑張る必要なんてないよ。
私は、モコモコがいてくれるだけで幸せなんだから」
「うん、だから、だからね……」
声が上ずる。
感情が、喉の奥までこみ上げてくる。
――ダメ。泣いちゃダメ。
ムスイが心配する。
私は必死に耐えた。
そして、本当に伝えたかったことを口にする。
「ええっとね……だから……
私、赤ちゃんが欲しいの」
「……え? 赤ちゃん?」
ムスイは予想もしなかった言葉に、少し照れ顔になった。
「もうすぐ結婚するんだし、いずれ赤ちゃんはつくるよ。
だけど、それはもう少し元気になってからで……」
「私、死ぬんでしょ?」
「――――っ!!」
ムスイは、これ以上ないほど驚いた表情を浮かべた。
そして、何か言おうとしつつも、言葉を失っている。
「気を使わなくていいの。
私、わかっているから。
ムスイが一生懸命、解毒方法を調べてくれていることも。
それでも、どうすることもできずにいることも」
「モコモコ、まだ諦めちゃいけない!
毒は、必ず私がどうにかするから!」
ムスイは、強く言い切る。
だけど――
私は、それ以上に強い口調で返した。
「必ずどうにかできるものなの?
待てば、絶対に治せるの?
治せる可能性は……どれくらいなの?」
私の剣幕に、ムスイはたじろぎ、視線を逸らす。
そして、俯いた。
「ムスイ、あなたが私のために頑張ってくれているのは知ってる。
私もとっても嬉しいのよ。
だけど、もし私に残されている時間がわずかなら……
私はその時間を無駄にはしたくない」
私は真っすぐに、ムスイを見つめる。
「だから、お願い。正直に言って。
解毒できる可能性は、どれくらいあるの?」
ムスイは動揺している。
どう答えればいいのか悩んでいる。
そして……しばらくの沈黙の後、
ムスイは、震える声でこう答えた。
「……現状、解毒できる可能性は……
まったく、ない……」
その瞬間、
堪えていた涙が、溢れだした。
受け入れているつもりだった。
覚悟も、できていると思っていた。
――それでも。
そんな私を見て、ムスイは私を強く抱きしめる。
「グッ……モコモコ……モコモコ……」
ムスイは震えていた。
そして……泣いている。
ムスイの気持ちが、痛いほど伝わってくる。
「ありがとう、ありがとう、ムスイ。
正直に言ってくれて……ありがとう」
私もムスイを強く強く抱きしめた。
しばらく泣いて、
私は彼の胸の中で言った。
「ムスイ、結婚したら……すぐに赤ちゃんを作ろう。
今なら、赤ちゃんを産める体力はあるから。
私、絶対に元気な赤ちゃんを産んで見せるから」
「……ああ、そうしよう」
私とムスイは、
いつまでも、いつまでも――
お互いを抱きしめ続けていた。
――――
私とムスイは慎ましやかな結婚式を挙げた。
それからしばらくして、
私の妊娠が発覚した。
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