■■ 魔王城前の決意
私たち3人はとうとう魔王城の入り口へやってきた。人族の礼拝堂を3倍ほど大きくしたような建物で、遠くから見ても黒く禍々しいオーラを放っていた。そして、私たちの目の前には5mはある大きな扉が行く手を阻んでいる。この扉は、魔王の大きさに合わせて作られたのだろうか・・・・・。
「いよいよ魔王とご対面だな」
「うん」
「・・・・・」
そう、この扉の向こうに魔王がいる。この世界で最も強く、最も恐ろしいとされる存在だ。
「それにしても、村の人たちが言ってたように、ここに来るまで魔族はまったくいなかったな」
「そうだね。どうしてお城の周りを守らせてないんだろう?」
「魔族の王と言われる存在なんだけどな・・・・・。だが、最悪の事態を想定して、魔王城の中にはたくさん魔族がいると考えて行動しよう」
私たちは作戦を確認しあう。
「作戦は何度も話した通りだ。俺が前衛として守りを固めるから、サクヤとモコモコさんが魔王や魔族を弓と魔法で攻撃してくれ」
「任せて!」
「シュート君、無理しないでね」
「ああ、魔王の出方を見て、頃合いを見計らってから撤退だ。何度も言うが、魔王は俺たちよりもはるかに強いのは間違いない。目的は勝つことでは無く逃げのびることだ。危険だと感じたら俺の背後に回るか、魔王城の外に逃げることを優先してくれ。俺は2人が逃げたのを確認してから、魔王城を出る。だから、2人は俺よりも先に魔王城の外に逃げてくれ。」
「うん!」
「わかった!」
そう、今まで魔王を見て、生きて帰ってきた者はいない。まずは戦い、そして逃げ切ることが一番だ。魔王城の中に入って、戻ることができればそれだけで十分。いきなり魔王に勝てるなんて考えてはいけない。これは何度も何度も3人で話し合ってきたことだ。
「準備はいいか?」
「うん!」
「大丈夫!」
シュートくんは私たち2人の顔を見る。私たちが戦える精神状態かどうかを確認している。笑みを浮かべ、うなづく。
「よし、それじゃあ扉を開けるぞ!」
そう言って、シュート君は魔王城の扉を引っ張って開けた。そして、扉を全開にし、下の方で木の棒をつっかえ、扉が閉まらないようにした。これで退路の確保はできた。
■■ 勇者一行と魔王の戦い
私たち3人は魔王城の中へと入っていく。中はとても薄暗く奥を見渡すことができない。奥行きのある広い空間のように思えるのだけれど・・・・・。後方の扉を全開にしているけど、それだけの光ではよくわからなかった。
私たちは警戒しながら、恐る恐る、奥へ進んでいく。
サクヤちゃんがシュート君の腕の服をギュッと握る。緊張しているんだ。シュート君はそんなサクヤちゃんの手を大丈夫だと言わんばかりになでる。シュート君とサクヤちゃんは故郷に戻ったら結婚する約束をしている。とてもお似合いの二人だと思う。2人のためにも、絶対にここで負けるわけにはいかない。私は持っている弓をギュッと握りしめた。
その時・・・・・「バタン!」と後方の扉が閉まった。
「しまった! 出口をふさがれた! 2人とも、しゃがんでくれ!」
私たち3人はシュート君を中心にし、身を低くした。暗くて周りが見えない。魔王が近くにいるかもしれないのに。私たちは次に何が起こるのかと震えながら周囲を伺った。
前方の壁のロウソクが、点々と明かりをともし始めた。あれは・・・・・魔王の間方だろうか? 暗かった部屋が少しずつ明るくなっていくも、私たちは言い知れない緊張感に包まれた。今から、起こるであろう恐怖におびえながら・・・・・。
(ゾワッ!!)
私たちは強烈な「視線」を感じた。
「ッ・・・・・!!」
「!!」
「ま、魔王か!?」
シュート君は私たちを守るように周囲を伺う。でも、まったく余裕がない。息が上がっている。私とサクヤちゃんは抱き合い、ガタガタと震えながらシュート君の背中に寄り添った。私たち3人はハッキリと理解する。魔王は私たちとは比較にならないほど強いということを。
私たちは祭壇の上に何かいることに気づいた。視線はそれから発せられている。
「あ、あれが・・・・・魔王・・・・・」
階段を20段ほど上った一番上の祭壇に、大きなスライムのような塊がいる。そしてプルプルとゆっくり振動している。私にもハッキリとわかった。あれが魔王だと。そして、改めて確信する。絶対に勝ち目がないと。
シュート君は後ろにいる私とサクヤちゃんに話しかける。
「大丈夫。奴にだって必ず弱点はある。今まで通りのことをやればいい。突破口は俺が切り開く! サクヤ、動けるか?」
「う、うん!! 私のできること全てをあいつにぶつける!!」
「モコモコさんは?」
「私も大丈夫!」
シュート君は大量の汗を流しつつも必死に冷静さを保とうとしている。サクヤちゃんの目は、今まで見たことが無いほど見開いている。みんな、今がどういう状況なのか悟っている。逃げ道はふさがれた。もう、戦って勝つしかない。
「大丈夫!! 最善を尽くそう!!」
「がんばろう!!」
「うん!!」
私たち3人は顔を見合わせた。2人とも今まで見たことが無いような最高の笑顔だった。私もつられて笑顔を返した。これで終わりにするわけにはいかない!
私は全員に「防御強化魔法」をかける。サクヤちゃんは全員に「攻撃強化魔法」をかける。その間、魔王は動かない。私たちの様子をうかがっている。
こちらの準備は整った。
「よし・・・・・行くぞ!」
そう言って、シュート君は盾を捨てた。そして、女神様から受け取った剣を強く握りしめる。今から始まるのは守るための戦いじゃない。勝つための戦いだ。
シュート君は左から半円を描くように走りながら、魔王の方へと向かう。私とサクヤちゃんは右に移動しながら、サクヤちゃんは「魔法攻撃」を、私は「弓」で矢を射った。
魔法(ドン!)
(シュ~ン!)
弓(シュン! シュン!)
(プス! プス!)
私たちの攻撃は魔王に命中した。しかし、中に吸い込まれていった。ダメージを与えたかどうかもわからない。いや、ダメージを与えていない。攻撃が通用していないんだ。
「でやーーー!!」
シュート君の剣による斬撃が決まる。だけど、斬れていない。プニプニしたスライム状のものに刃が通っていない。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
シュート君は必死に斬りつけるも、まったく斬れない。私とサクヤちゃんも攻撃を続けているのに、まったくダメージを与えられていない。こんなに力の差があっただなんて。
その時・・・・・
「え!?」
サクヤちゃんが何かに足をつかまれた。床を這うようにして、魔王が触手の様なものを伸ばしてきていたのだ。サクヤちゃんは空中に持ち上げられてしまう。
「サクヤちゃん!」
「ワッ、ワッ、ワッ!」
空中にぶら下がって慌てるサクヤちゃん。
次の瞬間、サクヤちゃんをつかんでいた触手は球状のように広がり、サクヤちゃんの全身を覆い囲んだ。サクヤちゃんの声がまったく聞こえなくなった。
「サクヤーーー!!」
シュート君は、魔王から出ている触手のようなものを斬りつけ、サクヤちゃんを助けようとしている。しかし、まったく斬れない。
「クソッ!! クソッ!!」
次の瞬間、もう一本、触手が現れ、シュート君の足を捕らえた。そのままシュート君を空中に持ち上げると、同じように球状のものがシュート君の全身を覆い囲んだ。さっきまでしていたシュート君の声が一切聞こえなくなった。
それはアッという間の出来事だった。今まで一緒に戦っていたシュート君とサクヤちゃんが倒されてしまった。そして、私一人が残った。こんなに・・・・・こんなにあっけないだなんて・・・・・。
「サクヤちゃん・・・・・シュートくん・・・・・」
私は2人の名前を小さく口ずさんだ。今起こったことを受け入れることができない。大好きなサクヤちゃんとシュートくんが、こんなにも簡単に死んでしまうだなんて、とても信じられない。嘘だと思いたい。私はガタガタと震えながら、今起こったこと全てを受け入れられず、茫然としていた。
その時・・・・・、今まで祭壇の上から動くことがなかった魔王が、ズルズルと私の方に移動してくる。
(ああ、そうか・・・・・私もここで死ぬんだ・・・・・)
私はそう思った。勝ち目はない。逃げることもできない。なんだか全身の力が抜けた。私はその場に座り込んだ。もうどうすることもできない。全ては終わったんだ。
私はただ、これから起こるであろう全てを受け入れることしかできなかった。