第06話目次第08話

ムスイさんが私の前に現れたのは3年前。お花畑で編み物をしていた時のことだ。フと気が付くと、木の陰に隠れて私を見ている人がいる。それが私とムスイさんの初めての出会いだった。

(ジ~~~~ッ!)(←ムスイ)
「!!!!!!!!!!」

どうしてだかわからなかったけど、怖かった。今まで経験したことが無い恐怖を感じた。今から大変なことが起こると私の身体と心の全てが叫んでいるようだった。

(早く逃げなくては!!!)

私はただ、目の前にいるその人から逃げることしか考えることができなくなっていた。

必死に逃げながらも、後悔はあった。何の理由もなく逃げ出すなんてとても失礼だ。私はあの人を傷つけてしまったのではないか、と。でも、恐怖がそれを上回っていた。私はこれで良かったんだと自分に言い聞かせた。

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それからしばらくたって、夜になると森から奇妙な音が聞こえるようになった。村の人たちも一体何が起こっているんだろうと語り合い、恐怖した。

昼間に村の男性3人で森の中に入り調査した。誰かが何かをやっているという痕跡はあったものの、それが誰なのか、何が目的なのかはまったくわからないようだった。

しかし、その不安が解消される出来事が起こった。

「水まき用の車」が村長の家の前におかれていた。村はずれに「果物」や「家畜」が提供されるようになった。「森の中で何かをやっている人」によるものだということは容易に想像がついた。

その人が何をやろうとしているのかはわからない。しかし、村に危害をくわえる存在ではないことはハッキリしている。むしろ利益になることをしてくれている。村の人たちはしばらく様子を見ることにした。

私には、それが「あの人」だということはわかっていた。でも、私にも「あの人」が何をやりたいのかはわからなかった。

毎日夜になると、森の中から音が聞こえる。今日も何かをしている。私は森の方を眺めながら、ジッと私のことを見ていた「あの人」のことを考えていた。

どうして「あの人」は私を見ていたのか・・・・・。どうして村の為に色々してくれているのか・・・・・。

(3年後)

それから3年の月日が流れた。「あの人」は3年間ずっと森の中で何かをやっていた。そして、村に果物や家畜を提供し続けてくれた。そのおかげで、村はとても豊かになった。村の人たちは「あの人」にとても感謝していた。

私も「怖い」という印象はぬぐえきれないけど、とても感謝していた。

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そんなある日の夜遅く・・・・・、部屋のベットで寝ていると、誰かに抱きつかれているかのような感触があった。私は驚いてベットから飛び起きたけど、部屋の中には誰もいない。ただの夢かと思って安心したけど・・・・・、窓が開いていた。誰かが侵入したのは間違いない。

「ギャーーーーー!!!!!」

私の叫び声を聞いておじいちゃんとおばあちゃんが起きてきた。怖くて怖くて、私はワンワン泣いた。村の人たちも皆やって来た。

それからしばらく、夜は静かになった。1日としてたえることが無かった「森の中の音」が一切聞こえない。村の人たちは「もう出て行ってしまったのかもしれないな」と話している。

もしかしたら、あの日の夜は私に最後の別れを言いに来たのかもしれない。私は部屋のベットの上で、そう思った。
(板で厳重に封鎖されているモコモコの部屋の窓)

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それから数日後、「あの人」は仲間2人を引き連れ、村長の元にやってきた。その人の名前が「ムスイ」だということがわかった。「村の開拓をしたい」という話しだった。

「リーダーはこの人です」

絶対嘘だ、と思った。私だけでなく、村のみんなもそう思っていた。だけど、そのことは誰も追及しなかった。

私は隠れてムスイさんの様子をうかがう。ムスイさんが私に気づいた。眼をそらし、気づかないふりをしている。空を見上げながら口笛を吹き始めた。わざとらしい。

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次の日の朝、家の畑を見に行った。すると、今日収穫する予定だった野菜が全て収穫されて並べられていた。畑も驚くほどきれいに耕してある。肥料もまかれてある。これを夜中のうちに誰かが・・・・・。

私は剣士のシュートさんを呼び止め、この件について聞いてみた。

「え、えと・・・・・、俺がやったような、気がするな、うん」

そういって遠くで作業しているムスイさんの方をチラチラとみている。やったのはやっぱりムスイさんだった。シュートさんは口止めされているようだった。

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ムスイさんたちは村の開拓を毎日頑張ってくれている。案の定、ムスイさんがリーダーシップをとって、皆に指示を出していた。でも、きつい仕事はほとんどムスイさんとシュートさんがやっていた。ううん、ほとんどムスイさんがやっていた。

(本気で頑張ってくれているんだ・・・・・)

どうしてムスイさんはこんなに村のために頑張ってくれているんだろう? ・・・・・いや違う、答えは最初からわかっていたんだ。ムスイさんは私のことが好きなんだ。(初対面の時にジーッと見つめるムスイ)
初めて出会ったあの日からわかっていた。だけど、とても怖くて怖くて・・・・・考えないようにしていた。

ムスイさんが村の開拓をしているのもきっと私のためだ。この村を豊かにすれば私が幸せになれると思っているんだ。だから、3年も前からずっと森の中で・・・・・。

(・・・・・・・私の為に)

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昼食と夕食は村の中央に集まってみんなで食べている。だけど、ムスイさんだけは一人、どこか別の場所に行って食べている。私が怖がっていたので、気を使ってくれているのだと思う。

「ねぇねぇ、ムスイはどこで食べているのかな?」
「あいつは村のハズレの高台のところでいつも食べてるよ」

シュートさんとサクヤちゃんが話している。そうか、あそこにいるのか・・・・・。私は食べ物を持って、ムスイさんがいる高台の方へと向かった。

ムスイさんは景色のいい場所で、体育座りをしながらおにぎりを食べている。私がここに来たことに気づき、眼をそらした。

私はムスイさんの隣に立ち、初めて話しかけた。

「・・・・・あの、隣に座っていいですか?」
「は、はい・・・・・、どうぞ・・・・・」

ムスイさんの隣に座る。ムスイさんは固まってしまっている。私も緊張している。

「い、いつも村のために頑張ってくれてありがとうございます。そ、その、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないって、いつも思っていたんです。」
「いえ、そんな、大したことはしてません。気にしないで下さい。」

あれだけ頑張ってくれているのに、大したことではないというムスイさん。あんなに村のために・・・・・ううん、私の為に頑張ってくれているんだ・・・・・。

私はムスイさんに聞いてみたくなった。

「どうして村の為にこんなに頑張ってくれるんですか?」
「え? う、う~ん・・・・・・・」

ムスイさんは返答に困っているようで、少し考えていた。そして、こういった。

「この村が好きだから、かな。この村の為に何かできないかと考えて、ただなんとなく頑張っているだけですよ。それで皆さんが幸せになってくれているなら、それで満足です。」
「そうですか・・・・・」

私はこれまでのムスイさんの行動を思い出す。初めて会った日、ジッと私のことを見つめていたムスイさん。3年間も森の中で頑張っていたムスイさん。夜、部屋に侵入したであろうムスイさん。再会のあの日、眼を必死にそらすムスイさん。そして、今は村のために開拓を一生懸命頑張ってくれている。ムスイさんの想いが伝わってくる。

「私も、村の為に頑張りたいんです。私にできることがあれば何でもやります。ですから、その・・・・・」
「は、はい・・・・・」
「ですから・・・・・、これからは私に直接話をしてくれませんか? 人づてではなく、直接言って欲しいんです。明日の朝、ムスイさんに会いにい来ますので、私に何をすればいいのか直接言って下さい」
「・・・・・は、はい」
「言いたかったのはそれだけです。それじゃぁ・・・・・・。」

なんだか恥ずかしくなって、私はその場を離れようとした。

「あ、それから・・・・・・」

私は少し考えて、言葉をつづけた。

「明日から、ここで一緒に食事していいですか?」
「・・・・・は、はい」

そして、その場から走り去った。

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モコモコが私に話しかけてくれた。そして、一緒に食事をしようと言ってくれた。まったく想定していなかった。こんなことがおこるとは思ってもみなかった。

嬉しい。嬉しすぎて、体がソワソワしてとまらない。とりあえず、寝泊まりしている村長の小屋まで全力で走って帰った。

そして、布団を敷いて、寝た。枕に顔をうずめた。さっきのことを思い出して、なんだか泣けてきた。

「ぅぅ・・・ぅぅ・・・ぅぅぅ・・・・・・」

シュートとサクヤが帰ってきた。

「ムスイ、もう寝て・・・・・う・・・・・」
「どしたムスイ、ふられ・・・・・(むぐぐ)」

・・・・・パタン。(扉が閉まる音) 2人は小屋から出ていった。そして、その日は戻ってこなかった。

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それからというもの、ムスイとモコモコは頻繁に会うようになった。昼食はモコモコがお弁当を作ってくれた。仕事終わりの夕方以降も一緒に過ごした。

私は今自分がやっている開拓の話をした。場所も案内した。モコモコも普段やっていることを話してくれた。裁縫が好きで、時間に余裕がある時はあのお花畑に行ってやっているそうだ。

そういえば、1回目の生でモコモコと結婚したが、こんなにゆっくりと会話したことが無かったな。私はまだモコモコのことをよくわかっていないのだ。これからも沢山会話して、もっともっとモコモコのことを知りたいと思った。

村の開拓も終盤に差し掛かっているある日、私はいつもの高台でモコモコに告白した。

「モコモコ、私と婚約してください!」
「・・・・・え?」

モコモコは眼を真ん丸にして驚いた。まだ自分たちは16歳だ。結婚なんてだいぶ先の話で考えたことも無かった。「婚約」と言っていたが、つまりは「結婚の予約」のようなものであり、結婚を申し込まれたのと同じようなものだ。モコモコは顔を赤らめ、どう返事すればいいのかわからず戸惑った。

「もちろん、いい加減な気持ちで言っているわけではありません。ずっと・・・、ずっと好きでした。その、モコモコと幸せな日々を送ることを夢見ていました。返事はすぐでなくてもいいです。どうか、考えておいてください。」

そういって去っていこうとするムスイの服をつかみ、モコモコは引き留めた。

「あ、あの・・・・・何て言えばいいかわからないんですけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「いつも、村の為に頑張ってくれて・・・・・、村のみんなに優しくて・・・・・、わ、私にも・・・優しくて・・・・・、そんなムスイさんのことを、ずっとステキだと思ってました・・・・・。」
「は、はい・・・・・・」
「で、ですから、その・・・・・へ、返事は、よろしくお願いします!」

モコモコはそう言った。しかし、私にはモコモコが何を言ったのか、なかなか認識できなかった。

・・・・・オ、オッケー??? オッケーと言ってくれた??? 数日は待たなければいけないと思っていたけど、オッケーって??? 聞き間違い・・・・・じゃ、ない・・・・・よね???

心の準備などできていなかった。想いは伝えたものの、私は1回目の生の結婚から、実に30年もモコモコに恋焦がれ、そして諦めていた。いや、諦めきれずにずっと生きてきた。

私にとってモコモコは決して手の届かない場所に行ってしまった存在だったんだ。それに、やっと・・・・・、やっと、手が届いたのか?

振り返ると、モコモコと眼が合う。モコモコは眼をそらし顔を赤らめ微笑んでいる。

だが、私は眼をそらせない。眼をそらすと、モコモコが眼の前からいなくなってしまいそうな気がした。体がガタガタと震える。膝から崩れ落ちてしまいそうだ。私は震える手でモコモコをギュッと抱きしめる。

「グッ・・・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・」

私は声を殺して涙を流した。恥ずかしい。モコモコに泣いているなんて気づかれたくない。バレないようにしないとと思いながらも、震えと涙が止まらない。

モコモコも察してくれているようで、何も言わずに私を抱きしめてくれた。しばらく離れられそうにない。

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日もだいぶ暮れ、薄暗くなってきた。抱きしめあっていたムスイとモコモコは離れ、顔を見合わせる。

「・・・・・ハハハ」
「・・・・・フフフ」

2人で笑いあった。

2人は手をつなぎ、みんながいる村の方へと戻っていく。

「おじいさんとおばあさんに挨拶しないといけないな。」
「え? もう? も、もう少し後でいいよ・・・・・」
「も、もしかしてやっぱり嫌だったとか・・・・・」
「違う違う、その、なんだかまだ恥ずかしくって・・・・・」
「う、うん、じゃあモコモコの好きなタイミングで!」

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数日後、ムスイはモコモコと一緒におじいさんおばあさんの元へ報告に行った。いきなりの婚約に驚きながらも、2人は「モコモコのことをよろしくお願いします」と言い、深々と頭を下げてきた。ムスイも焦って必死に何度も何度も頭を下げる。

その後、村長や村の人たちにも報告。「若い人が増えるのはいいことだ」とみんな温かく迎え入れてくれた。

こうして、ムスイはアンス村の住人になった。

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あとがき 25/01/05

みなさんこんにちは、ムスイです。

正直なところ、ここまで書き切って思ったのは「こんなはずじゃなかった」です。この作品はギャグベースの話にしようと思って書き始めたんですよ。しかし、書いているうちに「なんでこうなってしまったんだろうか」という方向へ向かってしまいましてね。もうギャグ路線に持っていく方法がわからなくなってしまっています。

何巻かですげこまくんが「自分の心だけが思い通りにならない~」みたいなことを語っていましたが、そんな心境ですよ。ちょっと状況は違いますけどね。