第18話目次第20話

ムスイたちを見送った後、私は森の中へ薬草を取りに来ていた。このあたりの動物はそんなに凶暴じゃないし、もしもの時の対応方法はムスイから教えてもらっている。一人でも大丈夫。

最近、おじいちゃんの膝が良くない。気づくとよく自分でさすっている。何とかならないかと悩んでいたら、ムスイがお勧めの薬草を教えてくれた。「すりつぶした薬草」を膝に塗るととても気持ちがいいとおじいちゃんが喜んでくれる。予備が無くなってきたので、今日はたくさんとっていこうと思う。

森の中で薬草を探していたその時・・・・・私の目の前に黒い電が落ちた。今まで聞いたことも無いような激しい音と、黒い光。そして、地面も激しく揺れた。

私は木にしがみつき、恐怖で動けなくなっていた。やっと落ち着いて、恐る恐る立ち上がった。そして、今何が起こっているのかと周囲を見渡した。

なんだか30m先がザワついている。・・・・・何かいる。・・・・・何だろう。今まで見たことが無い何かだ。怖い、怖い、どうしよう、どうしよう。私は混乱しながらも、ざわつく方をジッと見つめる。

「!!!!!!!!!!」

あれは・・・・・魔族だ・・・・・。見たことは無いけど、魔族だと確信できた。それじゃあ、さっきのは・・・・・「黒の雷」だ。話は聞いたことがある。でも、そんなことが本当に起こるだなんて考えたことも無かった。

「グォォ・・・・・・」
「!!!!!!!!!」

魔族と眼があった。こちらに気が付いた。私は慌てて反対方向に逃げる。魔族が追ってきた。

(怖い! 怖い! 助けて! 助けて! ムスイ! ムスイ!)

私は全力で走り続けた。どこを走っているのかわからない。村がどっちなのかもわからない。ただ、ひたすらに魔族から逃げるために走り続けた。

どれだけ走っただろう。何とか魔族を振り切ることができた。でも、自分が今どこにいるのかわからない。これからどうすればいいのかも。

もう走れない。私は茂みの中に隠れた。魔族は私を見失っている。このまま隠れていれば逃げ切れるかもしれない。

少し安心し、一息つく。ふとみると、脇腹が切れて血が出ている。木の枝に引っ掛けてしまったのかもしれない。思ったよりも傷は深い。服の裾を破って、手で抑える。血はなかなか止まらなかった。

呼吸を整えながら考える。必ずムスイが助けに来てくれる、と。いつもいつも、ムスイは私が困っていると必ず助けてくれた。今回のピンチも必ずムスイが駆けつけてくれるはずだ。絶対に、そうに決まっている。

ほら、ムスイはもう近くまで来ている。私を見つけてくれた。そして、手を伸ばす。「私が来たからもう大丈夫だ。モコモコ一緒に村に帰ろう」そう言って、私を抱きかかえる。「大丈夫、走れるよ」と言っているのに、ムスイはおろしてくれない。私を抱えているのに、私よりも速く走る。そして、あっという間に村まで連れ帰ってくれた。良かった。もう安心だ。ムスイが来てくれなかったらどうなっていただろう。怖かった。怖かった。ありがとう。ありがとう。

・・・・・そんなことを考えながら、私は泣いていた。

(ガサガサ)
「!!!!!!!!!!」

15m先に魔族がいる。気づいていない、気づかれていないよね? こ、こっちに近づいてくる!? 10m先まで来た・・・・・!

(シュー・・・)

!!!!! 剣を抜く音!? 私は茂みの隙間から覗いてみる。「血」だ! 地面に血が点々とついている! だから気づかれたんだ!

(バッ!)

私は茂みから出てまた走り出す。魔族は何かを叫びながら追ってくる。仲間を呼んでいる!?

血も止まらない。血が地面にしたたる。これでは逃げきれない。どうすることもできない。恐怖で涙が止まらない。涙もずっと流れ続ける。

でも、私は笑っていた。最後まで諦めずに逃げ続ければ絶対にムスイが助けてくれるんだから。絶望じゃない。だから、だから絶対にあきらめない。ずっと逃げ続ければ絶対に大丈夫。走っている方向に必ずムスイがいる。私はそう確信できる。

「!!!!!!!」

前方から魔族が!? 右からも・・・・・、左からも来ている? 囲まれている?

私は走るのを止める。逃げる方向が無い。もう逃げられない。魔族たちは四方からゆっくりと私の方に近づいてくる。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」

私はその場に崩れ落ちる。もう、逃げられない。

(ムスイ・・・・・、私は頑張ったよ・・・・・。最後まで諦めずに頑張ったよ・・・・・。でも、駄目だった・・・・・。これ以上は無理だ・・・・・。もう、どうすることもできないよ・・・・・。)

魔族たちはモコモコを取り囲む。そして、剣を振り上げる。

(・・・・・・・最後に、ムスイに会いたかったな。)

モコモコは正座をし、覚悟を決め、うなだれる。

「モコモコ!!!」

(・・・・・え? ムスイの声? ムスイが来てくれた? ムスイが助けに来てくれた?)

私は声がした方を見た。そこには・・・・・ボロボロになったムスイがいた。顔が酷く腫れている。左腕が無い。体中、至る所を斬られ、血だらけになっている。

● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇

やっと、やっとたどり着いた。モコモコはそこにいる。生きていてくれた。良かった。本当に良かった。だが・・・・・私ももう限界だ。

モコモコは顔がグシャグシャになるほど泣いていた。私の存在に気付くと、驚き、怒り、悲しみ、そして・・・・・すべてを受け入れた。

モコモコはゆっくりと立ち上がる。魔族たちはモコモコから離れ、道を開けた。最後の情けといったところか。

私とモコモコはそばにより、向かい合う。

「遅くなってごめん。怖い思いをさせてしまったね。」

モコモコはブンブンと首を振る。

「信じてたから・・・・・。絶対に来てくれるって信じてたから・・・・・。」

そういってモコモコは私に抱きつく。

「痛かったよね・・・・・、ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・」
「・・・・・モコモコが謝るようなことじゃないよ」

モコモコはずっと私が助けに来ると信じてくれていたんだ。だけど・・・・・、ここまでた。ここからモコモコを連れて逃げる力は私には残っていない。もう、どうすることもできない。

私は一本だけになった腕でモコモコをギュッと強く抱きしめる。

「ありがとう・・・・・私の人生は、とても幸せだったよ・・・・・」

モコモコは静かに、穏やかに、そう言った。

私は・・・・・、言葉が出てこない・・・・・・。モコモコを助けることができない・・・・・。それが、辛くて、辛くて、たまらなかった・・・・・。

魔族はムスイの背後に立つ。そして・・・・・、ムスイとモコモコを剣で貫いた。

● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇

私の目の前に女神さまが立っている。

「ムスイさん、お疲れさまでした」

私は死に、ここに戻ってきた。モコモコの泣き顔を思い出す。死を思い出す。なんだか疲れ切ってしまい、返事をする気にもなれない。

「モコモコさんは死んでしまいましたが、この世界では生きています。ですから、落ち込まず、元気を出してください。」

私はずっと気になっていることを聞いてみた。

「どうして、私の人生はループしているんですか?」
「それは、私の方から答えることはできません」

私の方から、ということは女神さまの上の存在がいるということだろうか?

「魔王っているんですか?」
「・・・・・ムスイさんならいずれわかると思いますよ」

おそらく、魔王はいる。モコモコが死んだのも魔王がかかわってのことだろう。

「・・・・・今回の件で確信したことは、私は魔王を倒さなければいけない、ということです」
「・・・・・・・・・・」

女神さまは何も答えなかった。

「転生すると、今までは違う村から始まっていましたが、これからはアンス村に固定されることになります。ですから、すぐにモコモコさんと出会うことができますよ」
「ええ! 本当ですか?」

私はビックリして飛び起きた。

「はい。ですから、元気を出して頑張ってくださいね」

● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇

気が付くと、目の前に両親がいた。

「ムスイ~、お父さんだよ~」
「お母さんよ~」

私を覗き込むように優しく微笑む両親。

いや、この際そんなことはどうでもいい。私はベットから飛び起きると、隣に住んでいるであろうモコモコの元へと走った。両親は驚いていたが、今はどうでもいい。

家の外に出ると、確かにとなりにモコモコの家がある。私はモコモコの家の扉を開け、居間を通過し、モコモコの部屋へと急いだ。

「おじいさん、今誰かが入ってきたような音がしませんでしたか?」
「・・・・・さっき生まれたばかりのムスイ君が私の目の前を走っていったような???」
「何を言っているんです。そんなはずはないでしょう」
「そ、そうだよな???」

モコモコの部屋の扉を開ける。・・・・・いた! 0歳のモコモコだ! 目を覚ましており、ちょこんと座って指をくわえている!

私はモコモコに抱き着く。モコモコが今ここで生きていることを実感する。また10年以上会えないと思っていたので、本当にうれしい。ずっとこうしていたい。本当に幸せだ。あの時のことが嘘のようだ。

・・・・・しかし、フと思う。あの時死んだモコモコと、ここにいるモコモコは、同じモコモコだと言えるのだろうか?、と。最初にあったモコモコと私は結婚した。2度目のモコモコからは嫌われてしまった。3度目のモコモコとは婚約したが死んでしまった。今、目の前には4度目のモコモコがいる。今から共に生きていくであろうこのモコモコは、本当に今までと同じモコモコだと言えるのだろうか? 不安が頭をよぎる。

私には人の性別を区別する能力が無い。普通の人は、その人の顔を見れば男なのか、女のかがわかるらしい。しかし、私にはその能力が無い。顔を持てもまったくわからないのだ。どうして、私だけそうなのだろうか? どうでもいいことだと思い、今までは気にしないようにしてきたが・・・・・・・。

もしかしたら、女神さまは私を生きやすい人間にしてくれたのかもしれない。もし、目の前にいるモコモコが今までのモコモコでは無いと確信してしまったら、私は生きていけないかもしれない。前に進めなくなってしまうかもしれない。だから、私には人を認識する能力が低下させられているのかもしれない。そうやって、私が前に進めるようにしているのかもしれない。真実がどうなのか、それはわからない。

だが、ただ一つ、間違いのないことがある。それは、「ここにいるモコモコも私が愛するモコモコで間違いない」ということだ。

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